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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和50年(ラ)7号 決定

抗告人

村上実

外六九名

主文

本件即時抗告を却下する。

抗告費用は抗告人らの負担とする。

理由

一抗告人らは「1 原決定を取消す。2 申立人北陸機械工業株式会社について更生手続を開始する。」との裁判を求めるもので、その理由とするところは要するに

1  別紙抗告人目録記載の抗告人らは、いずれも申立人北陸機械工業株式会社(以下申立会社という)に対する退職金債権者であり、その額は合計金五六四五万二〇五二円で、申立会社の資本の一〇分の一以上である。従つて抗告人らは原決定に対して即時抗告権を有する利害関係人に該当する。

2  原決定は、申立会社について「更生の見込」がないと判断したが、

(一)  申立会社には新規受注がないとはとうていいえないし、同社の会計書類上にあらわれている欠損金、負債は会計操作によつて過大に計上されているにすぎず、含み資産も多い。従つて再建の可能性があり、景気回復の遅れがあつても希望退職などによる人員削減、人件費の節減によつて持ちこたえることは充分可能で、管財人による経営方針の抜本的改革により再建はさらに容易になる。

(二)  申立会社従業員およびその加入する労働組合は、申立会社の再建を真底から熱望しており、申立会社が更生会社となつた場合はその管財人との十分な協議により、申立会社の再建のためあらゆる協力をする用意があり、原決定が申立会社の労使の関係を全く悲観的に考え、これを「更生の見込なし」との判断の重要な根拠の一つにしたことは、現時点においては全く妥当しない。

(三)  現時点では労使関係の悪化や対立解消が困難であることを理由として管財人選出の見込みがないとする原決定の判断は早計であり、抗告人らの提示する具体的現実的な更生計画の案の妥当性をもつてすれば管財人を得ることも不可能ではない。

よつて少なくとも現時点では申立会社に「更生の見込」がないとはいえない。

というにある。

二よつて按ずるに

会社更生法上の裁判に対する不服申立について、同法一一条は「裁判につき利害関係を有する者」が即時抗告をなしうるものと定め、しかもその即時抗告をなしうる裁判を同法に特別の規定がある場合に限定している。これをうけて同法五〇条一項が「更生手続開始の申立についての裁判に対しては即時抗告をすることができる。」と定めている。

抗告人らは原審における更生手続開始申立棄却決定に対して不服を申立てたものでそれが即時抗告をなし得る裁判に該当することは明らかであるところ、各抗告人は申立会社に対する債権者でありその有する債権の合計額は申立会社の資本の一〇分の一以上となる旨主張するが、仮りに右主張について疏明があるとすれば、抗告人らは申立会社同様同法三〇条二項にいう更生手続開始の申立をなしうる者に該当することとなる。

ところで同法一一条の「その裁判につき利害関係を有する者」の意味をこれに類似する非訟事件手続法二〇条一項の「裁判により権利を害せられたりとする者」、行政事件訴訟法二二条一項の「訴訟の結果により権利を害される第三者」、或は民事訴訟法六四条の「訴訟の結果につき利害関係を有する第三者」、同法七一条の「訴訟の結果によりて権利を害せらるべきことを主張する第三者」、家事審判法一二条の「審判の結果について利害関係を有する者」等の文言の意味と対比して考えれば、裁判により権利を害せられたりとする者が右の「裁判につき利害関係を有する者」の一典型であることは明らかである。また、「訴訟の結果につき」或は「審判の結果について」とある場合は、訴訟の結果即ち勝敗の判断たる裁判、或は審判の結果たる裁判でその終局裁判または確定裁判を含む裁判による利害関係をいうのに対し、「その裁判につき」とは現になされた裁判についてその裁判のときに生じる利害関係を意味するものと解することができる。さらに裁判は係争にかゝる(訴訟手続では訴訟物)権利又は法律関係の存否等の判断を主文で表明するものであつて、裁判の効力とはまさに右判断のもつ法律的効果をいうものといわねばならず前記「利害関係」とは裁判の主文の効力により直接左右される法的利害関係をいうものと解するのが相当であり、一般的に裁判がもつ、非法律的次元での効果ないし影響は勿論、裁判の理由中での関係者に関する権利又は法律関係の存否等についての判断による法的影響等は右にいうその裁判についての利害関係とは解しえないものである。

従つて会社更生法一一条の「その裁判につき利害関係を有する者」とは現になされた裁判の効力によつてその法的地位が有利不利に変動する者というべきであり、具体的な場合に、それを裁判の効力に基づく法的利害関係と解すべきか或は裁判についての事実上の利害関係と解すべきかは必ずしも明白でない場合があるとはいえ、裁判の効力との関係でこれを把握することは法的利害関係の判定を誤らしめないものということができる。

三そこで抗告人らが右更生手続開始の申立をなしうる者として、或は申立会社に対する債権者として、申立会社のうけた申立棄却決定について利害関係を有する者でありうるかどうかを考察する。

1  まず、申立会社自身はまさにその申立を棄却する決定によつて更生手続開始の積極消極の申立要件を具備する旨の自己の申立権が否定された関係にあるから、その裁判につき法的利害関係を有する者に該当することは明らかである。

2  しかし右申立棄却決定は申立会社との関係で決定時において更生手続開始の要件が存在しないことを確認したに止まり、申立会社以外の申立をなしうる者の申立権には何らの効力を及ぼさないものと解さざるを得ない。従つて抗告人らは右棄却決定に関係なく別途独自に同法三〇条一項後段の事由ありとして更生手続開始の申立をなしうべく、抗告人らは右棄却決定によりその申立権者たる地位を侵害された者ということはできず、その限りでは右棄却決定につき利害関係を有しないものということができる。

3  もつとも、抗告人らが右以外の点でも右棄却決定につき何らの利害関係を有しないものと速断することはできない。すなわち

(一)  抗告人らは更生手続開始決定がなされることによつて企業の存続がはかられる場合には、債権の回収等についてより有利な地位を得、さらには雇傭関係の復活が実現する等の可能性もありえたところ右棄却決定によりその利益を失うことになつた。

(二)  また、抗告人らが別途申立会社について更生手続開始を申立て、申立会社が原審において主張したところと同一または同種の事実上又は法律上の原因を主張し、申立会社と同様に更生手続開始を求める立場境遇にあるとすれば原審において更生手続開始の要件が存在しないものとして更生手続開始申立を棄却した決定が存在することが、その立場に何らかの影響を及ぼさないものということはできない。

(三)  さらに申立会社による更生手続開始申立に基づいて更生手続開始決定があり更生手続が進行する場合と、新たに別途になされる更生手続開始申立によつて更生手続が進行する場合とでは更生手続上の否認権の成否(同法七八条一項二号)相殺の可否(同法一六三条二号)等の関係上差異が生じうるわけで、それらの点で債権者である抗告人らとしても本件棄却決定に利害関係があるといえよう。

(四)  さらに「株式会社の企業の社会的価値に着目し、その存続をはかるとともに当該会社に対する債権者や株主等の権利関係の集団的調整をはかる更生手続の公益的性格からして、申立会社のなした本件更生手続開始の申立は、抗告人らのためにもなされたものと解されないわけではなく、その意味では抗告人らは本件棄却決定につき利害関係を有するものといえないではない。

4  しかし、同法一一条にいう「その裁判につき利害関係を有する者」の趣旨は二に説示したように解釈すべきものであるから、前記3の(一)、(二)のような利害関係はむしろ事実上経済上の利害関係というべきで、法的利害関係とは認めがたく、また同(三)の利害関係は法的利害関係と解することができるが、本件棄却決定の効力について生じたものとはいいがたい。

さらに同(四)の利害関係も、更生手続は前記のような性格を帯有するものではあるがそれは更生手続開始決定後の手続においてより明確化するものであつて、更生手続開始前においては、同法三九条一項の規定による処分があつた場合以外には申立人の申立取下を特に制限しておらない会社更生法の規定に照らせば、更生手続のもつ公益的性格を重視できる段階ではなく、そこに法律的利害関係を認めることはできない。

5  結局、原審の更生手続開始申立棄却決定に対する即時抗告権者は申立会社のみであると解するのが相当であり、右申立人ではない抗告人らは棄却決定につき利害関係を有しない者といわねばならない。そしてこのように解することは、同法が更生手続開始申立棄却決定については、開始決定の場合とは対照的に、公告をすることも申立人以外の会社や知れている債権者、担保権者、株主等に告知することも規定しておらない趣旨にもそうものである。

従つて、本件即時抗告は抗告権を有しない者らによつてなされた不適法な申立といわざるをえない。

四よつて本件即時抗告は、さらに判断をすゝめるまでもなく不適法でその瑕疵を補正することができないものであるからこれを却下することとし、抗告費用の負担につき同法八条により民事訴訟法九五条、八九条を準用して、主文のとおり決定する。

(西岡悌次 富川秀秋 西田美昭)

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